コーヒーのアレンジ

ロンドンのコーヒーハウスをご存じですか?

    コンスタンティノープルからイギリスに伝わったコーヒーハウス。社交場の機能も兼ね、さまざまなカルチャーの発信基地となるなど大きな社会的役割を果しましたが、ペスト大流行と大火という災禍に見舞われます。それでも人々は集いの場としてのコーヒーハウスを渇望しました。

    本稿は、そんなコーヒーハウスの歴史をひもとく、第3回(最終回)です。

    17世紀後半に誕生したコーヒーハウス。その意義を細かく見ていきましょう。

    情報センターとしての役割

    コーヒーハウスはカフェ、喫茶店の役割にとどまらず、社交場の機能も兼ね、文化の発信基地でもありました。広い意味では、情報センターともいえそうです。政治家は政策を練り、商人は経済情報の収集をするなどです。

    郵便ポストや競売所としても使われた

    店を持てない商店主は、コーヒーハウスを利用して郵便の受取所にして顧客の注文に応えました。つまり、郵便の役割です。また、コーヒーハウスは競売所として使われたこともあります。「ろうそく競売」という方法で、船の売買が行われていたそうです。

    また現在、世界トップクラスの保険機構(組合)のロイズは、同名のコーヒーハウスから発展した組織です。この店に来ていた個人の保険業者が共同して大口の保険を引き受けたという事実もあります。

    文学やジャーナリズムとのかかわり

    コーヒーハウスにはもちろん文学者や作家もも多く出入りしました。駆け出しの新人も、有名な文学者と顔なじみになることを求めたという面もあります。日本にも銀座や新宿に文壇バーがありますが、ロンドンではコーヒーハウスが文壇バーのような役割を果たしたのです。

    ジャーナリズムとのかかわりも見逃せません。エリザべス朝時代に、イギリスのジャーナリズムが芽生えますが、コーヒーハウス誕生のころから、ロンドンではさまざまな新聞が発行されるようになりました。少部数のため高価でしたが、コーヒーハウスでは誰でも読むことができました。

    書く側はコーヒーハウスに出入りする人から取材できるし、読む側もコーヒーハウスに集まる……そういった面からジャーナリズムの発展と密接にかかわりがあったのです。

    雑誌文化を牽引

    新聞(ニューズペーパー)の発展にともない、雑誌(ニューズブック)も生まれましたが、両者の区別は必ずしも厳密ではありませんでした。18世紀になると、政治、経済、日常生活、文芸などのさまざまなテーマの雑誌が創刊されました。そしてその取材源として、コーヒーハウスは重要な役割を果たしました。流行の絶頂にあったコーヒーハウスにはさまざまな時代の最新情報が集まってきたのです。

    まとめ

    17世紀から18世紀にかけて、ロンドンはペストや大火の災禍に見舞われ、復興しながら発展していきました。

    身分による差別もなく、誰でも入ることができたコーヒーハウス。そういう意味ではとても民主的な場所といえるでしょう。そのため、社交や政治談議の場、ジャーナリストのたまり場として文化の中心地となりました。いつの時代も、コーヒーという飲み物とそれを求めて集う人たちの周りに新しい文化や時代の風が起こるのでしょう。

    みなさんもよいコーヒー生活をお過ごしください。

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