コーヒーの歴史と製法

日本のインスタントコーヒー発展史

お湯を注ぐだけで簡単に味わえるインスタントコーヒーは忙しい現代人の味方です。インスタントコーヒーが生まれ、日本で製造されるようになったかを、コーヒーブームが起きた高度経済成長期までの年表形式でまとめてみました。

明治32(1899)年、加藤サトリがインスタントコーヒーの実験に成功

加藤サトリ(サルトリともいわれる)は、シカゴ在住の日本人化学者。真空乾燥法によるインスタントコーヒーの実験に成功した偉大なる人物ですが、その人物像については謎も多い。彼は、液化したコーヒーを真空蒸発缶に入れて水分を除去し粉末にするという世界初の発明を成し遂げましたが、日本ではまだ販路の見込みがありませんでした。

昭和17(1942)年ごろ、国産のインスタントコーヒーの第1号誕生

国産インスタントコーヒーの第1号は『日本珈琲』という企業の要請で海軍に納入したものです。

昭和25(1950)年、インスタントコーヒーの国産工業化を計画

貿易が再開されたとはいえ、まだ食糧難の時代。農林省はパン食普及政策と同時にインスタントコーヒーの国産工業化を計画しました。すでに海外では100パーセントピュアのものが完成しつつありましたが、日本では予算などの問題が山積みでインスタントコーヒーの国産化計画はまだまだ先行きが見えず苦しい状況でした。

昭和30(1955)年、森永製菓が研究の意志を表明

昭和31年インスタントコーヒーに外貨割り当てが行なわれ、その後、毎年500トン程度の需要の見通しがついて、インスタントコーヒーへの関心は高まりました。森永製菓に続き、ネッスル、ゼネラルフーヅ、明治製菓からも、生豆の輸入自由化が行なわれるならば協力するという申し出がありました。

昭和35(1960)年 、コーヒー豆の輸入が全面自由化

昭和35年、コーヒー豆の輸入が自由化されたのにともない、インスタントコーヒーの国産化がはじまりました。翌・昭和36年にはその自由化が認められ、以後、活発に生産されるようになりました。

森永製菓、ゼネラルフーヅはこの年から国内製造販売をスタートしました。

世界では、コーヒー生産事情は過剰傾向となってきました。生産・輸出・価格を調整、安定させるための動きが生まれ、自国のコーヒー消費の増大に力を注ぐようになりました。

昭和37(1962)年、明治製菓が国内製造販売をスタート

この年には、国際コーヒー機関(ICO)の結成、国際コーヒー協定の成立などがあり、日本がコーヒーのニューマーケットに指定されました。このことにより、日本国内にコーヒーの普及がうながされました。

昭和41(1966)年、ネッスルが国内製造販売をスタート

この年、日本インスタントコーヒー協会を加えて、全日本コーヒー振興協会が設立。翌・昭和42年には、全日本コーヒー協会と改称されます。

まとめ

日本国内へのコーヒー普及が促進されたのは、昭和37年の国際コーヒー機関(ICO)の結成と、国際コーヒー協定の成立が大きなきっかけのひとつです。それから、日本は高度経済成長期を迎え、喫茶店ブーム、コーヒーブーム花盛りとなりました。全盛期には、「世界でもっともコーヒーがおいしいのは日本と西ドイツ」などといわれたこともあるそうです。

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