コーヒーの歴史と製法

ロンドンの老舗喫茶店コーヒーハウスの歴史【コーヒーテントが出発点!】

ロンドンの社交場「コーヒー・ハウス」をご存じですか? アラビアで生まれトルコに渡り、歴史の推移とともに変遷していったコーヒー。そこからヨーロッパに伝播しましたが、資本主義や植民地経済とともに世界に広がっていきました。イタリアのヴェネチア、フランスのマルセイユ、オランダやイギリス、ドイツへと伝わり、ヨーロッパ全土に行き渡りました。イギリスではコーヒー・ハウスという特殊な喫茶文化が生まれ、興隆を極め衰退していきました。

はじまりはコーヒーテント

1650年、レバノン生まれのユダヤ人がイギリス最初のコーヒー店「ヤコブの店」(同名の店が別にある)をオックスフォードに開業し、この年から英語の「coffee」という言葉が使われるようになったという話です。現在は『クイーンズ・レイン・コーヒー・ハウス』という店が現存しています。

2年後、トルコの貿易商ダニエル・エドワードが使用人のギリシア人パスクワ・ロツセにロンドン初の「コーヒーテント」を開業させました。彼はコーヒーの効能を記したビラを印刷して配り、コーヒーの薬理効果を広くふれまわりました。これこそ、世界初のコーヒー広告です。その内容をめぐって賛否両論が巻き起こり社会問題になったため、そのビラ広告はロンドンの大英博物館に展示・保存されています。

コーヒー・ハウスの興隆

1650年代になるとロンドンじゅうにコーヒー・ハウスが誕生し、18世紀にかけて最盛期を迎え、その数は二千とも三千ともいわれたほどでした。コーヒー・ハウスは入場料がわずか1ペニー。コーヒーや紅茶などのメニューも安価な価格設定で、雑誌や新聞常備。コーヒー・ハウスは格好のサロンとして多くの人が去来しました。このようなことから、コーヒー・ハウスは「ペニー大学」とも呼ばれ、さまざまな人々が集まりました。

また、欧米で盛んな「チップ」の言葉もここではじまったという興味深い説があります。そのシステムは、店内に備えつけられた箱にウェイターへの心付けとしてコインをこの箱に入れるというもの。その箱には「to insure promptness」(迅速をお約束するために)と書かれており、その頭文字を取って「TIP」というようになったという説です(諸説あり)。

コーヒーハウスの興隆を好意的に思わなかったのは女性たちです。コーヒー・ハウスが女人禁制であることに加え、男たちが家庭そっちのけでコーヒー・ハウスに夢中になったことからです。

こうして興隆を極めたロンドンのコーヒー・ハウスは、コーヒーを提供するだけでなく、“情報センター”としての機能をもつようになりました。それと同時に客層は固定化していき、閉鎖的な集団が形成され、本来の開かれた社交場ではなくなっていき、ついには斜陽化していきました。

また、それまでコーヒー貿易でイギリスに制圧されていたオランダがジャワでコーヒー栽培に成功したことも大きな転機です。1730年以降、オランダはモカを駆逐してヨーロッパ貿易を独占したため、イギリスは紅茶の輸入を増大させます。コーヒーは暴騰し、紅茶は急落。コーヒー・ハウスは高いコーヒーを安い紅茶に切り替えたため、コーヒーは衰退し紅茶の発展しました。こうして紅茶がイギリスの国民飲料となっていたのです。

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