コーヒーの歴史と製法

ハワイで、ブラジルで――海を渡った日本人がコーヒー栽培を支えた!

コーヒー栽培は日本国内では産業として成り立っていませんが、海を渡った日本人・日系移民が世界のコーヒー産地で活躍し、コーヒー栽培の礎を築いたことをご存じでしょうか。

ハワイのコーヒー栽培と日系移民

ハワイの特産品のひとつ・コナコーヒー。その名前は、産地の「ハワイ島・コナ」に由来します。コナは、アメリカ合衆国ハワイ州のハワイ島西部の地域で、約150年にわたり栽培されてきました。

コーヒーがハワイに伝えられたのは、1820年代の終わり。最初は飲用のために持ち込まれたのではなく、米国の宣教師が鑑賞のためにコーヒーの木を持ち込んだことがはじまりです。栽培がはじめられたのはしばらくあとのことです。とはいえ、ハワイの気候条件(太陽の光と適度な雨など)はコーヒーの栽培に適していたため、のちに大規模なコーヒー農園がつくられました。

日系移民はこのコナコーヒーの栽培に深く関わっていきます。そして、ハワイのコーヒー産業をkンテイから支えました。その後、ハワイ産のコーヒーブームが到来しますが、過剰供給により価格は急落するなどの事態からコーヒー産業は致命的な打撃を受けましたが、日系移民だけはコーヒー栽培を粘り強く続けました。1910年ごろにはコナのコーヒー農家の80%を日系移民が占めたこともあったそうです。

彼らの足跡は、現地の農園に伝えられる「ホシダナ」(コーヒー豆を乾燥させるための干し棚)などの言葉からうかがい知ることができます。また、「日本人のがんばりなく、ハワイのコーヒー栽培は成り立たなかった」と、いまでも現地の人からも大いにたたえられているそうです。

ブラジルのコーヒー栽培と日系移民

ブラジルといえば、生産量も輸出量も世界第1位の、“世界最大のコーヒー産地”。国土のほとんどが南・北緯23.5度以内の熱帯・亜熱帯圏に属していることからも、コーヒーの栽培に最適。気温や雨量、土壌など、コーヒー栽培に求められる多くの条件に恵まれています。

日本から見て、地球の真裏にあたるブラジルですが、この地のコーヒー栽培にも、日本からの移民が大きくかかわっています。

そんな日系移民の先駆となったのが、笠戸(かさと)丸の第一回農業契約移民団。彼らは神戸港から52日間の航海を終え、1908年6月18日、ブラジルサントス港に到着しました。

南米大陸に新天地を求めた移民団は、コーヒー栽培だけが生活の糧でした。当初はコーヒーについての知識もなかったため、新たな挑戦と過酷な労働の日々がはじまりました。

さらにそれ以前に、日本とはまったく異なる気候や言語、生活習慣などへの適応、それに加えての農園での苛酷な労働……1930年代後半からはブラジルでナショナリズムが昂揚し排日論が起こり、日本語使用禁止や新聞の検閲などがなされました。それ以外に生きる術をもたなかった彼らの苦闘はいかばかりだったでしょう。そうした苦難を乗り越えた人間ドラマが多く繰り広げたのです。

まとめ

ハワイで、ブラジルで……。海を渡った日本人がコーヒー栽培で成功したり、挫折して転職したりと……コーヒーをめぐるさまざまなドラマが繰り広げられていたのです。ときには遠い昔に想いを馳せながらコーヒーでも飲んでみてはいかがでしょうか。

カフェコーヒー  カフェコーヒー

カフェオーナー講座ランキング

カフェピックアップ記事

  1. コーヒーの効果
  2. 東京下町のカフェバッハ
  3. 清澄白河のカフェ
  4. ロンドンのコーヒーハウス
PAGE TOP