カフェ・喫茶店

銀座の観光で絶対行きたい!人気の老舗カフェ3選

いつの時代も銀座といえば日本の“顔”。そして、時代の先端を行く街です。明治22年、西欧風のカフェーが銀座に3軒誕生し、いまにいたるまで銀座にはさまざまなカフェができ、まさに“カフェの街”となっています。そういえば、伝説の名店『らんぶる』もあるし、スタバの日本第1号店も銀座でした!

銀座の老舗カフェの歴史

明治44(1911)年は銀座のカフェの歴史を語るうえで非常に重要な年になりました。
Wikipediaにもありますが、

1911年3月 「日本初のカフェ」とされる『プランタン』
同年8月 現在のビアホールに面影の残る『ライオン』
同年12月 日本初の本格的喫茶店『パウリスタ』

と「カフェー」の名を冠した店が次々に開店しました。

カフェー・プランタン

『カフェー・プランタン』といえば、広島市長・渡辺又三郎の三男である松山省三が始めた店。文人や画家が集い芸術論を交わせるような社交場を目指して、店名は「春」を意味するフランス語「プランタン」とし、開店しました。

開店当初は会員制で、会員には谷崎潤一郎、岡本綺堂、北原白秋、正宗白鳥などの作家や劇団関係者など、錚々たるメンバーが名を連ね大いに賑わいました。

メニューはコーヒーがメインですが、珍しい洋酒やソーセージやマカロニグラタン、焼きサンドイッチなどもそろえ、料理も充実させ、深夜まで営業していました。それまで、このような業態のカフェーでの給仕は、パリのギャルソンも同様に男性の仕事でしたが、プランタンでは日本で初めて女給を採用した点もよく知られています。

カフェー・ライオン

築地の精養軒と明治屋が共同で経営した店です。レストラン形式の「カフェ」ですが、料理やお酒を中心としたメニュー構成のため、ビアホールのような業態といえそうです。

ビアホールとしては、大阪の「アサヒ軒」や東京の「恵比寿ビアホール」などがすでに繁盛していました。

「カフェー・ライオン」は、1階が酒場、2階が大食堂、3階が余興場という構造。能楽や文士劇などのイベントを行ったり、ビールの売れ行きによってブロンズの獅子が吠えるなどの仕掛けをつくったりと、アミューズメント性の高い店だったといえるでしょう。また、揃いの衣装をまとった美人女給も人気を呼びました。

ちなみに、現在、『ビヤホールライオン銀座五丁目店』がありますが、昭和6(1931)年に、大日本麦酒に経営が移り、8月にビヤホールとしてリニューアルオープンしたものとなります。

カフェー・パウリスタ

3店の中でもっとも本絡的なコーヒー店です。ブラジル移民の功労者・水野竜が創始者で、本場ブラジルのコーヒーが飲める店としてはほぼ独占状態だったため、多くの文化人や芸術家、ジャーナリストなどが足を運びました。また、パウリスタに来店した有名人は、藤田嗣治、村山槐多、吉田博画伯などが常連でした。 他にも、 芥川龍之介、森茉莉、井上ひさし、菊池寛、谷崎潤一郎、与謝野晶子、高村光太郎、森 鴎外、アインシュタイン、ジョン・レノン、オノ・ヨーコ夫妻などです。

ブラジルコーヒー宣伝のために始めた店なので、コーヒーが安いのは当然のことですが、ドーナツ(五銭)、カレーライス(一五銭)などの食事メニューも評判でした。低価格と大衆性が、文明開化の波に乗って、日本に西欧風ののカフェ文化を定着させたといえるでしょう。

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